第12話 短里と長里、水城はすでにあった、隋書と大唐六典の里程

短里とか長里ということにこだわりすぎた。魏志倭人伝に書かれているのが短里という人がいる。特に九州説の人に多い。畿内説の人達は短理ではないと言っている。  しかし、そもそも西暦285年の魏志倭人伝の成立時代に、今みたいに測量があるわけではないのに、どうやって短里とか長里で計るのか。星の角度から割り出したという人や紐をもっていって計ったという人もいるが、本当にそんなことができるだろうか。  確かに広い平坦なところならば、道があるところならば出来る。ところが当時の倭国内は道はない。獣とか鳥が通った程度の道しかない。草が生い茂って前を行く人が見えない。いたるところに茨とかがあって進むことができない。そして「倭人はみなはだし。」と書いてある。はだしで歩くような人が、紐を引っ張って計測できるだろうか。  末盧国から伊都国はどんな道だったか。山の稜線を伝って、向こうの山の高いところに上る。頂上まで来たら、次の山の頂点を目指して稜線を進む。これが一番簡単なルート。尾根を超す場合は、稜線の一番低いところを越す。それが一番早い。  魏の使節が来たときは「夏」で暑くて仕方がない。縄文海進から水が引いている途中で、平野部はぬかるみだらけで歩けない。そうすると、山を越していくのが一番のルート。  それから行くと唐津から七山村を通って、北山から雷山の手前に降りて、麓の伊都国の中心に達する。次に、今度は日向峠を越すか、もう一本南の峠を通って那珂川に出る。それが昔のルート。  こういうことを考えた時に、末盧国から伊都国は500里。伊都国から奴国が100里。奴国から不彌国が100里。そうすると、距離比率にしたら、同じ100里ならば伊都国から奴国の間が、距離が長い。  道は、人が歩いたところが道になる。人が歩いてないところは藪のまま。歩いたところは踏み固められて歩きやすくなる。一日に10人歩くところと、100人歩くところでは、幅が違っていて歩きやすさが違う。草も踏みつけられて枯れてくる。そうすると歩きやすくなる。だから、たくさん人が通るところは、一日に進める距離が長くなる。糸島から奴国までの間はみんなが通るから、通る人が多いから進める距離が長くなっている。  次に、奴国から南下しなかった理由。どうやって不彌国に行ったか。それが引っかかっていた。現代の感覚で考えてしまっていた。古代の地形を考えなければならない。古代の博多湾はもっと奥深くまで陥入していた。御笠川は上流が花崗閃緑岩。花崗閃緑岩は風化したものが真砂土。御笠川は真砂土の川で、干潮時には歩ける。  何故、不彌国に迂回しなければならなかったか。水城がすでにあったのが理由。白村江の戦に敗れて、その後防衛のために水城を造った、だから水城は7世紀の築造であると習った。ところが、各層の敷粗朶を採取して、アメリカの研究機関に運んで炭素年代測定をしたその検査測定結果を見たら、水城は三層に分かれていて、基底部は、240年±50年となっていた。つまり、240年代には水城の基底部は出来ていた。これがあったから、不彌国まで迂回しなければならなかった。これが不彌国への迂回の理由。  短里と長里の論争があっている。しかし、隋書には「夷人は里数を知らず、ただ計るに日を以てす。」と書いている。つまり、隋の時代でも倭人は里数を測れなかった。  また、大唐六典は中国の書物で、736年の成立。これには「陸路は、馬は一日70里、人と驢馬は50里、車30里。水行は船の重きは黄河は30里、揚子江は40里、その他は45里。空船の場合は黄河は40里、揚子江は50里、その他は60里。川に沿って流れに沿って引っ張っていく場合は、黄河は50里、揚子江は100里、その他は70里。」と規定している。つまり、「一日経ったら何里進んだとみなすか」というみなし換算。だから、唐の時代であってもこうだったということ。285年の倭国では当然計れるはずがない。  こういうことだから、短里とか長里とかいう論争をしても意味が無い。それよりも、「みなし換算」だということ。だから、「水行の場合は、一日が千里と決めてる」ということ。短里とか長里とかいう問題ではなく、「一日に進んだことをもって、みなし里数に換算する」という、「みなし日里換算」である。

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