「はやぶさ2」はまだ旅の途中――小惑星トリフネへの挑戦が教える「未来に先回りして備える力」

小惑星リュウグウのサンプルを地球へ届け、日本中を沸かせた探査機「はやぶさ2」。その役目は、すでに終わったと思っていた人も多いかもしれません。 しかし、「はやぶさ2」は今も宇宙を飛び続けています。 2026年7月5日には、小惑星「トリフネ」への高速フライバイ探査に成功しました。なぜ、役目を果たしたはずの探査機が、再び別の小惑星を目指したのでしょうか。 ライブ配信ディレクターの斉場俊之さんが、「はやぶさ2」の新たな挑戦から見えてくる“未来への備え”について語りました。聞き手はRKKの江上浩子です。 🔶 秒速約5キロ、小惑星トリフネへの大接近 2026年7月5日午後6時30分ごろ、「はやぶさ2」は小惑星トリフネの近くを高速で通過する「フライバイ探査」に成功しました。 フライバイとは、天体に着陸したり、その周りを回ったりするのではなく、近くを通過しながら観測する方法です。 今回の相対速度は、秒速およそ5キロ。わずかな時間の中でカメラや観測機器をトリフネへ向け、画像や科学データを取得しました。JAXAは、同日午後6時35分に探査機が正常であることを確認しています。 JAXAが公開した画像は、最接近直前の午後6時29分59秒に撮影されたものです。このとき「はやぶさ2」とトリフネの距離は約10キロ。公開画像には、2つの塊が連なったような細長い姿が写っています。 斉場さんは、その姿を初代「はやぶさ」が探査した小惑星イトカワになぞらえました。 「イトカワも落花生のような形でした。トリフネも、2つの天体がつながったように見えます。宇宙には、丸くない天体が意外とたくさんあるのかもしれない。そこも面白いところです」 🔶 2億8000万キロ先を、リアルタイムでは操れない 今回の探査当時、「はやぶさ2」と地球との距離は約2億8000万キロ。電波が届くまで片道約16分、往復では30分以上かかります。 つまり、地上から映像を見ながら、その場でハンドルを切るように操作することはできません。 事前に軌道や速度を精密に計算し、探査機自身が計画通りに動くよう指令を送っておく必要があります。斉場さんの事前資料にも、通信の遅れを含む今回の厳しい条件が整理されています。 ほんの少し計算がずれれば、撮影できないだけでなく、小惑星に衝突する危険もあります。その状況で、極めて小さな天体へ正確に接近し、観測に成功したこと自体が、大きな技術的成果です。 【数字で見るトリフネ探査】 ▶ フライバイ成功:2026年7月5日午後6時30分ごろ ▶ 通過時の相対速度:約秒速5キロ ▶ 公開画像の撮影距離:約10キロ ▶ 当時の地球との距離:約2億8000万キロ ▶ 通信時間:片道約16分 🔶 リュウグウの次は、なぜトリフネだったのか 「はやぶさ2」の本来の目的地は、小惑星リュウグウでした。 リュウグウの表面物質を採取し、2020年12月6日にカプセルを地球へ届ける「サンプルリターン」に成功。持ち帰った砂からは、アミノ酸を含む有機物や水などが確認され、太陽系や生命の材料がどのように生まれたのかを探る研究が続いています。 通常なら、この時点で探査機の役割は終わります。 しかし、「はやぶさ2」にはイオンエンジン用の燃料が残り、機体も正常に動いていました。そこでJAXAは、探査を続ける「拡張ミッション」を決定します。 斉場さんは、この状況をマラソンに例えます。 「フルマラソンを走り終えたと思ったら、『実は100キロマラソンでした』と言われたようなものです。大変ですけれど、探査機にとっては新しい役目を与えられたわけです」 「はやぶさ2」は、今後2027年と2028年に地球の重力を利用して速度と方向を変える「地球スイングバイ」を行い、2031年には最終目的地である小惑星「1998 KY26」への到着を目指します。 🔶 トリフネ探査と「プラネタリーディフェンス」 トリフネは、地球の近くを通る軌道を持つ「地球接近小惑星」の1つです。今回の探査には、天体の形や表面を調べる科学的な目的に加え、「プラネタリーディフェンス」に役立つ技術を確かめる目的があります。 プラネタリーディフェンスとは、日本語にすると「地球防衛」です。 ただし、相手は宇宙人や怪獣ではありません。地球へ衝突する可能性のある小惑星や彗星を早く発見し、必要に応じて衝突を避けるための取り組みです。 仮に危険な小惑星が見つかった場合、対策の1つとして考えられているのが、探査機を小惑星に衝突させ、その軌道をわずかに変える方法です。 今回、「はやぶさ2」がトリフネに衝突したわけではありません。しかし、高速で移動する小さな天体へ正確に近づける技術は、将来、探査機を狙った場所に当てる技術にもつながります。JAXAも、トリフネへの近接飛行は、プラネタリーディフェンスに貢献する技術実証だと位置づけています。 🔶 映画『アルマゲドン』は、完全な空想ではない 小惑星から地球を守る物語と聞けば、映画『アルマゲドン』を思い浮かべる人もいるでしょう。 映画では、人間が小惑星へ向かい、核爆弾を仕掛けて破壊しようとします。現実には、それほど単純ではありません。 小惑星の大きさ、材質、回転、軌道などによって、必要な対策は変わります。衝突が目前に迫ってから慌てても、間に合わない可能性があります。 だからこそ科学者たちは、危険が差し迫っていない今から天体を観測し、小惑星へ正確に近づく方法や、軌道を変える方法を研究しています。 「映画の中の荒唐無稽な話に見えても、それを現実の技術として研究している人たちがいます。日本の科学者が、その最前線にいることを知ってほしいですね」 🔶 起きてから騒ぐのではなく、起きる前に考える 斉場さんが「はやぶさ2」の挑戦から受け取った最大のメッセージは、「先手で備えることの大切さ」です。 小惑星の衝突は、明日すぐに起きる可能性が高いものではありません。しかし、人類が長く文明を続けていけば、いつか向き合わなければならない自然災害の1つです。 差し迫った危険でないからといって、考えることをやめてしまえば、実際に危険が近づいたときには間に合いません。 この考え方は、宇宙だけの話ではありません。 ▶ 大雨や地震などの災害 ▶ 道路の渋滞や公共交通の問題 ▶ 人口減少や地域社会の維持 いずれも、問題が深刻になってから対策を始めるより、平穏なうちに将来を想像し、準備を進めることが重要です。 「良い未来を思い描くことは楽しい。でも、良くない未来を想像することは気が重いので、つい後回しにしてしまいます。だからこそ、平時のうちにいくつもの未来を考え、今できることを少しずつ始める必要があると思います」 🔶 小さな探査機が示す、大きな備え 「はやぶさ2」は、すでに大きな成果を挙げた探査機です。 それでも、残された燃料と機能を生かし、さらに遠い天体を目指しています。その旅は、単なる宇宙のロマンにとどまりません。 遠い未来に起こりうる危険を想像し、まだ余裕のあるうちから技術を磨く――。小さな探査機が宇宙で続けている挑戦は、私たちの暮らしにも通じる姿勢を教えてくれます。 起きてから慌てるのではなく、起きる前に考える。 「はやぶさ2」は今も、2億キロを超える彼方から、その大切さを伝えながら旅を続けています。 【出演】ライブ配信ディレクター 斉場俊之さん 【聞き手】江上浩子(RKK)

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