鶴瓶 鶴光 仁鶴 松鶴 松鶴仮想一門会【落語】愛宕詣り 初天神 青菜 らくだ
鶴瓶 鶴光 仁鶴 松鶴 松鶴仮想一門会【落語】 0:48愛宕詣り 21:43初天神 44:07青菜 58:24らくだ 1:41:55エンドトーク 「愛宕詣り」 上方落語の演目。「いらちの愛宕詣り(参り)」とも表記される。江戸落語では「堀の内」の題で演じられる。「いらち」とは大阪弁で「あわて者」「せっかちな者」の意味。「愛宕山」とならぶ、愛宕山を主題とした演目である。あわて者が愛宕神社に参詣に行って起きる騒動を描く。あわて者の喜六、自分の「いらち」を治すには「伊勢にゃ七たび、熊野に三度、愛宕さんへは月詣り」という歌で有名な愛宕山に参詣しようと、女房に弁当と百つなぎという一文銭をつないだものをもらい「三文お賽銭やで。あとはあんさんの小づかいやで。」と念を押され、早速愛宕山へ向かうのだが・・・。 笑福亭 鶴瓶 中学2年生の終わり頃に、落語研究会を他の2人の生徒と立ち上げ、浪花亭無学の高座名を名乗った。当初3代目笑福亭仁鶴への弟子入りを考えていたが、観覧した落語会での6代目笑福亭松鶴の口演、とりわけ、客先にいた僧侶を見てネタを忘れたという理由でオチだけを話して高座を降りたことに「おもろい」と強い印象を受け、松鶴への弟子入りを決め、楽屋口で弟子入りを頼もうと出待ちするもヤクザのような松鶴と弟子の姿におののいて声をかけられず、1年後に自宅を訪れることになった。若手の頃からテレビ・ラジオで活躍していたが2002年9月、江戸落語の春風亭小朝との二人会で「子別れ(子は鎹)」を演じたことを機に、落語への回帰を強め2003年3月、小朝、林家こぶ平(現:9代目林家正蔵)らと落語家会「六人の会」を結成した。 「初天神」 元は上方落語だが江戸落語でも演じられる。原話は安永2年に出版された『聞上手』の「凧」。 題の「初天神」とは、天神様(菅原道真)を祀る天満宮に正月の25日に参詣すること、あるいはその日に行われる縁日を指す。道真が25日に生まれ、25日に没したことから、同日を吉日としている。1人で天満宮に行こうとするが女房から息子を連れていくように頼まれる。あれこれ買って欲しいとねだられることを予想していたため、男は息子を連れていきたくない。父親が天満宮に行くと知って息子は、連れていかないと近所に親のあることないことを話すと脅す。しかたなく男は、何もねだらないと息子に約束させ、天満宮へ連れて行くのだが・・・。 二代目 笑福亭 鶴光 高座名の鶴光は師匠である6代目笑福亭松鶴の前々名である光鶴(こかく)の順序を逆にしたもので読み方もそれに倣って「つるこ」であるが「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」のブレイクで「つるこう」との呼び方が一般に定着しため、鶴光自身はラジオパーソナリティ・タレントとしては「つるこう」本業の落語家としては「つるこ」で使い分けている。松鶴を師匠に選んだ理由は顔の怖い人ほど心根は優しいと思ったからで入門の際、松鶴の許を直接訪問せずに「弟子にするなら○、弟子にしないなら×で返事をください」との内容を記した往復はがきを郵送した 「青菜」 夏のある暑い午後。裕福な隠居の家の仕事中に隠居から「植木屋さん。精が出ますな」と労をねぎらわれ、「冷えた柳蔭をご馳走しよう」と座敷に誘われる。隠居はさらに酒肴として鯉の洗いも出し植木屋はいい気分で舌鼓を打つ「青菜は好きかね」と隠居は手を叩いて「奥や」と台所の妻に青菜を出すように頼むと妻は「鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官」すると隠居は「ああ、義経にしておこう」と・・・原話は安永7年版『当世話』の一遍(無題)。東大落語会によれば昔は別題として弁慶で演じられたこともあったという。元は上方落語で三代目柳家小さんが江戸落語へ移植した。 三代目 笑福亭 仁鶴 1960年代後半から70年代前半にかけて、深夜ラジオ番組の出演で当時の若者層から絶大な人気を博し、番組中に発した「どんなんかな~」で一気にブレイクした。「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせぇ」のフレーズでレギュラー番組を長らく受け持つ。天狗連で売り出した当時は、初代桂春団治ばりのあくの強いスピーディーな語り口であったが、6代目笑福亭松鶴に入門直後は、「教えてもうた通りきっちりとやらなあかん時期」だったため、「地味で硬い語り口」に転じた。そこで基礎から落語を学び直し、やがて本来の「機関銃のような」スピードと強さを取り戻していった。1970年代後半に喉を痛めてからは芸風を変更し、的確な描写力を持ってじっくりと聴かせる正統派の落語家となった。 「らくだ」 上方落語の演目の1つである。人物の出入りが多い上に、酔っ払いの芝居が入るなど演者へ高い技量が要求され、よく「真打の大ネタ」と称される。題名は、主人公のあだ名を表すが(上方では「らくだの卯之助」、東京では「らくだの馬」)、登場した時には既に死人であるという、他に例のない話である。馬さん(卯之助)は「らくだ」と呼ばれる乱暴者で長屋中に嫌われていたがフグにあたって死んでしまう。そのらくだを発見するのが兄貴分の(上方では「弥猛(ヤタケタ)の熊五郎」、東京では「手斧目の半次」)葬儀を出してやりたいが金がない思案をしているところに来た屑屋の久六を巻き込んでやりたい放題!不祝儀を出さないという大家の家に「らくだ」の遺体を持ち込んでカンカンを躍らせた!流石の大家も驚いて不祝儀を出すから勘弁してくれと泣きつき兄貴分の思い通りになった。気を良くした兄貴分は久六に八百屋に早桶の替わりに野菜の桶を借りに行かせる、はじめは嫌がる八百屋だが大家の家での話を聴き桶を渡す。兄貴分は、もう仕事に行きたいと言う久六を引き留め酒を勧めるのだが・・・ 六代目 笑福亭 松鶴 若い頃は放蕩三昧の暮らしをしていたが26歳の時に父五代目のマネージャーを勤め28歳の時に出番に遅れた出演者の穴埋めとして芸名無しで初舞台を踏む。入門当時、消滅寸前だった上方落語の復興を目指し、3代目桂米朝らと奔走。埋もれていた演目を掘り起こし、また多くの弟子を育て上げ、上方落語の復興を果たす。3代目桂米朝、5代目桂文枝、3代目桂春団治とで「上方落語界の四天王」と讃えられた。豪放な芸風と晩年の呂律が回らない語り口(1974年頃に脳溢血を患った後遺症や糖尿病の悪化や入れ歯による噛み合わせの影響)が知られているが、若い頃はまさに立て板に水というところで、テンポよく迫力のある語り、酔態や子供の表現の上手さで人気を得た。特に酒を題材に取った噺「らくだ」や芝居噺「蔵丁稚」などを得意としていた トークなしで純粋に落語だけを楽しみたい方はこちらでどうぞ 落語の蔵: / @repli455 トークをもっと楽しみたいと思ったらこちらもどうぞ 荒獅子男乃助:トークチャンネル • 荒獅子男乃助:トークチャンネル #松鶴 #鶴瓶 #仁鶴 #鶴光 #愛宕参り #初天神 #青菜 #らくだ #落語

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