太田裕美 出演「由紀さおり、あの曲この人」2曲歌う(雨だれ・木綿のハンカチーフ)1996年

00:00【歌】雨だれ 38:50【歌】木綿のハンカチーフ 02:47 由紀さおりです。 Music & Talk あの曲この人 今日のゲストは太田裕美さんです。 03:36 番組として選ばせていただいた1曲はこの曲です。 04:10 改めてご紹介します。太田裕美さんです。     雨だれ、19歳の時のデビュー曲1974年、私がデビューしたのは1969年だから・・・ 06:09 木綿のハンカチーフの振付けの練習をした 07:15 幼稚園の時にピアノを始め、8歳の時にピアノを買ってもらい、ピアノの先生が付いた。 08:14 ステージ101、スクールメイツから雨だれへの経緯、中学で上野学園音楽学校に通うことから始まった。 11:38 デビューで筒美京平と松本隆の黄金の二人に曲を書いて頂くきっかけは、 13:10 木綿のハンカチーフは、歌詞が4番まであり前半が男の歌詞で後半が女の子という新しいパターンで、アルバムの中の1曲という感じでした。 14:43 シングルレコーディング時に3番目の歌詞の「君は素顔で」を「いまも素顔で」に変更した理由 17:18 4番までの歌詞だとテレビで歌えないので、ツーハーフに変更しようとした 19:15 1976年全日本火曜音楽祭(当時20才)で歌う木綿のハンカチーフ 20:09 シンガーソングライターとしての自分のスタンスは 21:32 木綿のハンカチーフのヒット曲が出ると世の中を変える出来事が起きる 22:47 木綿のハンカチーフを歌っている時のハンカチの色は何色? 23:27 ヒット曲の木綿のハンカチーフに出会ったというのは、どんな感じですか? 25:47 ★太田裕美さんの女としてのきっかけとして、結婚して、二人のお子さんのママでいらっしゃる。そして童謡を歌ったりとか、童謡のCDをお出しになったことでお目にかかって、私が司会やった時に「太田裕美さん木綿のハンカチーフを歌ってくれないんですよね」とディレクターの人が言って、ラジオの時にね「歌えないの、歌ってよ」と私が言ったら「だってあの時と同じに歌えない」と言うから「誰もあの時と同じように歌ってほしいと思ってないよ」って、私余計なことだけど言っちゃったよね。 26:53 ★ええ、あれから、あの由紀さんの言葉を何度も自分の中で反省して、いろんなことを考えるようになったんですよ。前まではね、やっぱり過去の栄光にしがみついて歌ってるみたいで嫌だなーとか、あの後に他にもいろんなことがあったんですけど、木綿のハンカチーフをこれだけ愛してくれる人がいるし、自分がシングルとかアルバムを出したっていうのは事実であって、私が太田裕美って歌手である限り、絶対宝物としてあるでしょう。そしたら、あの頃のように歌えないという生意気なことを言わずに、ちゃんと自分が歌ってきたものは、責任を持って最後まで見取る気持ちで責任を全うしないといけないじゃないかと、改心したしました。 もうお陰様で、ちゃんと歌えるようになりました。  30:00 でも実際にそのヒット曲として歌ってた時に1975年にあなたのシングルの4枚目として、そうヒットっていうことになった時にまあ、その時は夢中だったかもしれないけれども、今この歌はなぜヒットしたかっていうことを思うことある? 31:59 歌い方が変わったなとか 32:26 木綿のハンカチーフにしても、雨だれにしても、自分の前の歌を歌うときのテーマは素直なんですよ、素直に歌う 33:14 変に癖がつかないようにとか、上手く歌おうとか思わないで、素直な気持ちで歌おう素直な気持ちで表現できたらいいなっていうのがテーマですね。 34:11 ニューヨークに行った時は歌のレッスンに通ってましたし、結婚してからも歌わない時期っていうのは無かったんですよ。曲を作って頼まれてデモテープは自分で歌いますし、あとコマーシャルの歌を歌ったりとか、全く歌わない時期っていうのは無かったんです。だから、ちょっと忘れかけた頃に仕事があるから丁度いい、あのボイストレーニングみたいな感じで、そういうお仕事をして、また声を休めるっていう状態だったのね。私の場合はすごく声を使い過ぎると荒れちゃう声なんで、その休養をたっぷりで、最近でもキーとか変えずにちゃんと歌えるのは休養十分だったからだろうなと思うんです。 35:00 いい意味でいい時期に、結婚とお母さんになったっていうのはある種計画的でした? いや、そんな計画ではないですけど、相手はいなくても結婚は30と決めていましたし、 37:22 あなたにとって木綿のハンカチーフは、一言でいうと何になりますか 38:50【歌】木綿のハンカチーフ