118回目の出航 2026.05.20

2014年12月30日 愛媛新聞掲載分 昭和62年(1987年)7月18日のお昼から次の日のお昼までの24時間ぶっつづけで⒔本の映画を上映した。第⒑回川之江紙祭りのプレイベントである。言い出しっぺは私なので書いてみたい。主催は川之江紙まつり実行委員会で、私の立場は実行委員会⒑周年担当。場所は旧川之江市民会館大ホール。このホールを借りるのが、ひと苦労だった。条例では、たしか22時以降は貸すことができないとある。知恵者がいて、特例として市長の許可があればその限りでないとのこと。幸い市長は若者に理解があった。なお言うなら、市長には映画館の元経営者という経歴があった。お願いに行くと、「そらええことじゃ」の一発である。難儀したのは、内部の反対者と、安全確保のために無理に駆り出された「消防団員」の方々であった。申し訳ない気がした。このイベントの趣旨を固め、実行委員会でも賛同を取り、映画祭に向けての組織づくりと予算の獲得である。初回イベントは前例がないので、結構難しいことも多かった。 赤字が出たらどうするのか?身近な賛同者(数人だったと思うが)の間で、入場者0でも30万円ほどを我々だけでかぶれば済むということで計画が動き出した。   結果少し黒字になった。よく聞く話ではある。紙祭りのイベントとして、数回継続したが、いつのまにか消滅した。 毎年隆盛を極めているイベントと、どこが違っていたのだろうか。①地域の人からの支援・支持がなかったのか②実行委員会に継続できない経済性・組織・人の問題があったのか③広報などが下手だったのか。 趣旨は、「工都で24時間動いているこの町を支えるすべての人に、映画館は一軒もないこの町の、まちづくり24時間映画祭。みんなでとことん楽しみませんか」。 報道各社はおおむね好感をもって取り上げてくれた。  深夜も人は途切れず、13本24時間見た人が3名いたと、記事になっている。大人1200円・子供500円。ガメラから007・泥の河・風の谷のナウシカなど上映した。幕間に、町づくりの仕掛け(シンポジュウム・地域おこし事例紹介など)を入れた。 ちょっと“力みが強かった”のかもしれない。この正月には、地方の活性化について考えてみたいと思っている。よいお年を!