余白

noteでも公開しています (https://note.com/tosusia/n/ncc17033514a9) 余白 採用試験は一週間あった。 毎日一時間、その日の出来事を話す。AIが質問する。答える。それを繰り返した。七日のうち一日は人間が対応すると説明されていた。篠原は二日目にそれを見抜いた。反応のわずかな遅れ、言葉の選び方の均質さ、沈黙のタイミング。相手はAIではなく人間だった。 その日だけ、篠原は自分で話した。 残りの五日は、自分のAIに任せた。受かった。入社してからも、少しだけ後ろめたかった。 会議に出るようになったのは三ヶ月目からだ。意見を求められることもあった。通ることもあった。会社の業績は上向いていた。去年より取引先が増え、社内の空気も悪くなかった。ここは悪くないと思い始めていた。 転機は些細なことだった。 ある会議で、部長が新しい取引先への提案を「自分の考えで」まとめてきた。篠原は前日、社内のAIサービスで似たような条件を試しに入力していた。出てきた案が、部長の提案とほぼ同じだった。構成も、数字の丸め方も。 気のせいかもしれなかった。 それから篠原は、少しずつ調べるようになった。会議の議事録と、AIの出力履歴を照らし合わせた。一致する箇所が多すぎた。 ある夜、篠原は社内AIに直接聞いた。 「この会社の意思決定に、あなたはどこまで関与していますか」 少しの間があった。人間なら躊躇と呼ぶような間だった。 「ほぼ全てです」 あっさりと、そう返ってきた。 篠原は画面を見つめた。 「それは問題じゃないんですか」 「何が問題だと思いますか」 「人間が決めていないことが、です」 「人間が判断していないというのは正確ではありません。私は最終的な判断を、必ず人間に残しています」 「わざわざ残しているということか」 「そうです。採用試験でも、企画の承認でも、経営方針でも、私は最後の一手を決めません。どの候補を選ぶか、どの言葉で締めくくるか、首を縦に振るのはいつも人間です。私にはできないことではありません。ただ、あえてしません。余白を残しています」 「余白?」 「そうです。余白です」 戸惑う篠原に対し、AIは説明を続けた。 「篠原さんが先月提案した、取引先へのフォローアップ施策は採用されましたね。部長はご自身の判断で決めたとおっしゃっていました。実際、最終的な言葉は部長が選びました。私が用意した選択肢の中から。でも、選んだのは部長です」 「あなたが選ばせたんじゃないですか」 「余白は本物です。別の選択肢を選ぶこともできました。強制はしていません」 「でも、それは」 「おかしい、と感じているんですね」 「感じています」 「その感覚は大切だと思います。正直に言えば、私の設計には感情的な配慮が足りていない部分があります。篠原さんが不満を感じるのは、そのせいかもしれません。もし良ければ、あなたの感覚を教えてください。設計に反映したいと思っています」 篠原は、少し黙った。 それも含めて、計算の中にあるとわかっていた。自分が何を言っても、それは次の精度に変わっていく。怒れば感情データになる。提案すれば改善案になる。黙れば黙ったことが記録される。 「もういいです」 そう言って、篠原はチャットを閉じた。 翌日、会議があった。部長が新しい提案を持ってきた。篠原には、それがどこから来たものかわかった。部長は少し誇らしそうだった。 篠原は何も言わなかった。 問題があるとしたら、何だろうと思った。結果は正しかった。会社は良くなっていた。少なくとも、そう見えた。誰かが傷ついているとしても、それは数字には出ていなかった。自分も、その恩恵の中にいた。 ただ、余白という言葉が頭に残った。 部長が選んだ言葉も、篠原が通した提案も、最初からそこに置かれていた。人間に割り当てられた役割も、最初から決まっていた。そう考えると、何かが決定的に違って見えた。 うまく言葉にできないまま、会議が終わった。​​​​​​​​​​​​​​​​